【東海道・山陽新幹線】「運賃計算キロ」の謎

前回は東海道・山陽新幹線の特急料金に関する話題でしたが、今回は運賃の話。

時刻表の東海道・山陽新幹線のページを開くと、「営業キロ」とともに、「運賃計算キロ」の欄があることが分かります。

そして、下りの場合は徳山から、上りの場合は新岩国からと、途中の駅から表示されている点も目を惹きます。

JRの運賃計算に詳しくないとよく分からない、この「運賃計算キロ」について掘り下げてみましょう。

新幹線の営業キロ

東海道・山陽新幹線の運賃計算キロについて考えるには、まず営業キロの設定について理解しなくてはいけません。

東海道・山陽新幹線の営業キロは、並行する在来線(東海道本線-山陽本線-鹿児島本線)と同じです。東京-新大阪間は新幹線でも在来線でも552.6km、新大阪-博多間も同様に、時刻表上の表記ではともに622.3kmです。新幹線の駅が並行する在来線にはない場合も、例えば新横浜駅は横浜駅、新富士駅は富士駅…と、並行する在来線で対応する駅の営業キロをあてはめています。

これは、国鉄が「新幹線は在来線の別線線増である」との大義名分のもと、新幹線開業時から続けてきた取り扱いです。分割民営化後のJR各社もこれを引き継いでいます。

もちろん、実際の距離は新幹線と在来線とで異なります。大多数の区間では新幹線の方が距離が短くなっていて、実際の距離(実キロ)は東京-新大阪間で515.4km、新大阪-博多間で553.7kmです。

ちなみに、この営業キロと実キロの距離差を突いて、「国鉄は新幹線の運賃を過剰に請求している」と運賃の返還訴訟がかつて起こされました。一審では原告勝訴という衝撃的?な判決が出たものの、二審と最高裁では国鉄の主張を認めて原告敗訴となりました。

さて、東海道・山陽新幹線と在来線の営業キロが同じということは、在来線に適用される運賃計算ルールが新幹線にも影響することを意味します。

ここで登場するのが、山口県の岩国-櫛ヶ浜間にある特例です。

運賃計算で登場する岩徳線

岩国-櫛ヶ浜間(櫛ヶ浜駅は、徳山駅より1駅岩国寄り)には、山陽本線と岩徳線の2つの路線があります。

山陽本線は柳井経由で海岸線近くを通り、距離が長い(65.4km)のに対し、岩徳線は内陸をショートカットする線形なので、営業キロは43.7kmと山陽本線経由よりも21.7km短くなっています。

岩徳線は、1934年に全線開通した時、それまでの柳井経由ルートに代わり山陽本線へと編入されました。しかし、わずか10年後の1944年に、距離が長いものの平坦で輸送力が確保できる柳井経由ルートが複線化され、再び山陽本線に。一方で内陸ルートは岩徳線へと戻りました。

そういった歴史的経緯もあって、運賃計算の時には「岩国以遠(和木・大竹方面)の各駅と、櫛ヶ浜以遠(徳山方面)の各駅との運賃・料金は、山陽本線回りの場合でも岩徳線回りで計算する」というルールが作られています。

このルールは、新幹線の運賃計算にも適用されています。新岩国-徳山間の営業キロは47.1kmで、これは岩徳線経由の在来線岩国-徳山間と同一です(新岩国駅に対する在来線の駅を岩国駅としているため)。つまり、この区間は新幹線に乗っているのにあたかも岩徳線を経由しているかのように運賃計算されるわけです。

距離が短いとはいえ、単線非電化で峠越えもある岩徳線経由だと山陽本線経由よりも時間がかかるため、岩国-櫛ヶ浜間を岩徳線経由で移動する人はほとんどいないと思われます。なのでこの特例も廃止してしまえば国鉄も増収になったはずですが、なぜか廃止はされず、JRになっても未だにルールが生きています。

最初に、新大阪-博多間の営業キロを「時刻表上の表記では622.3km」としたのは、このルールが適用された場合のキロ数だからです。純粋に山陽本線経由で計算した場合、営業キロは644.0kmとなります。

(非電化ローカル線である岩徳線を、新幹線の運賃計算上では通過している形に。1999/03/13@JR徳山駅)

新幹線の運賃が「地方交通線」扱いに?!

さて、ようやく「運賃計算キロ」の説明にたどり着きます。

1981年に、国鉄は全路線を一定ルールに従って収支が比較的良い路線=「幹線」、それ以外の路線=「地方交通線」と振り分け、地方交通線には割増運賃を適用することにしました。そして、幹線と地方交通線とをまたがって乗車する場合は、運賃が割り増しとなる地方交通線区間についても幹線の運賃表をそのまま使えるように、営業キロよりも長い「運賃計算キロ」を設定して、幹線区間の営業キロと合算した上で幹線の運賃表にあてはめれば運賃が求められるようにしました。

この時、岩徳線は地方交通線と指定されました。岩国-櫛ヶ浜間の営業キロは43.7kmですが、運賃計算キロは48.1kmと4.4km加算された格好です。

そして、この運賃計算キロの加算は、新幹線で新岩国-徳山間を通過する場合の運賃計算にも適用されています。「岩徳線回りで計算する」からです。つまり、新幹線の運賃がこの区間については地方交通線扱いとなっているわけです。

さきほどの東海道・山陽新幹線のページに載っている運賃計算キロは、営業キロより4.4km多くなっています。これがまさに、岩国-櫛ヶ浜間の加算分です。

まとめると

以上のことを踏まえて、東海道・山陽新幹線の東京-博多間にまつわるいろいろな「距離」をまとめてみましょう。

○実キロ:1,069.1km

▼在来線と同じ営業キロで運賃計算

○営業キロ(岩国-櫛ヶ浜間=山陽本線経由):1,196.6km

▼岩国-櫛ヶ浜間の特例を適用して岩徳線経由で運賃計算

○営業キロ(岩国-櫛ヶ浜間=岩徳線経由):1,174.9km

▼岩徳線区間を地方交通線運賃で計算

○運賃計算キロ:1,179.3km

なお、営業キロは1975年の新幹線博多開業時と比べると1.6km短くなっています(開業時は、岩徳線経由で1,176.5km)。これは、1990年に山陽本線三原-本郷間のルート変更で0.6km短縮、1999年に鹿児島本線枝光-八幡間のルート変更で1.0km短縮されたためです。これも、在来線の運賃計算ルールを新幹線にそのまま当てはめているから起こる現象です。

小倉-博多間は?

最後に、国鉄分割民営化によって起こった、新たな新幹線と在来線の運賃計算ルールの関係について。

最初に、「東海道・山陽新幹線の営業キロは在来線と同じです」と書きました。

しかし、東京(東京都区内)-博多(福岡市内)の運賃を実際に計算してみると

新幹線:14,080円

在来線:14,240円

となり、在来線の方が160円高くなっています。同じ営業キロ(運賃計算キロ)なのになぜこうなっているのでしょう?

理由は、JR西日本とJR九州とで運賃が異なるからです。

山陽新幹線は博多までJR西日本が営業していますが、在来線は山陽本線・鹿児島本線の下関-博多間がJR九州の営業路線です。JR九州はJR西日本よりも同じ営業キロでも割高な運賃になっていて、両社線にまたがって乗車する場合の運賃計算は、全区間の営業キロをいったんJR西日本区間の運賃表に当てはめて計算したあと、JR九州区間の営業キロに従って一定額を加算して求めます。

下関-博多間の営業キロは79.0kmで、この距離での加算運賃は160円。つまり、これが新幹線と在来線の運賃差となります。

ブルートレイン「あさかぜ」が廃止されたいま、東京-博多間全区間を在来線で移動する人はさすがに趣味目的以外は皆無と思われます。しかし、小倉-博多間であれば新幹線・在来線のどちらを経由するか、現実的に選択可能です。あらかじめ乗車前にどちらを経由するか決めてからきっぷを買わないといけないので、本州から旅行などでやって来ると「同じJRでも運賃が違う」という状況に戸惑う利用客がいるかもしれません。

 

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